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朝潮機雷装備型 の変更点

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*駆逐艦 朝潮 性能一覧 [#u65a5d7c]
||RIGHT:|BGCOLOR(#ddd):|RIGHT:|RIGHT:|CENTER:|CENTER:BGCOLOR(#ddd):|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|CENTER:|RIGHT:|RIGHT:|RIGHT:|CENTER:|RIGHT:|RIGHT:|RIGHT:|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|CENTER:|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|CENTER:|BGCOLOR(#ddd):RIGHT:|CENTER:|c
|国籍|LEFT:Lv.|BGCOLOR(#555):名称|LEFT:クレジット|CENTER:DP|速度|>|>|>|BGCOLOR(#555):主砲|>|>|>|副砲1|>|>|>|副砲2|>|BGCOLOR(#555):魚雷|>|BGCOLOR(#555):機雷|>|BGCOLOR(#555):爆雷|h
|~|~|~|~|~|~|BGCOLOR(#555):砲数|BGCOLOR(#555):HE|BGCOLOR(#555):AP|BGCOLOR(#555):AA|BGCOLOR(#555):砲数|HE|AP|AA|BGCOLOR(#555):砲数|HE|AP|AA|BGCOLOR(#555):CENTER:総火力|BGCOLOR(#555):詳細|BGCOLOR(#555):CENTER:総火力|BGCOLOR(#555):詳細|BGCOLOR(#555):CENTER:総火力|BGCOLOR(#555):詳細|h
|&attachref(国籍/日本海軍.png,nolink);|60|朝潮機雷装備型|96613|23200|37.4|2×3|470||157|||||||||80916|13486×3×2|28869|9623×3×1|||
|&attachref(国籍/日本海軍.png,nolink);|61|朝潮爆雷装備型||23200|37.4|2×3|470||157|||||||||80916|13486×3×2|||8553|2851×3×1|

*朝潮機雷装備型 [#y93c4f59]
|LV:60|
|DP:23200|
|速度:37.4knt|
|武装|
|-12.7cm/50 3式準中型艦砲×3×2(HE:470/AA157)|
|-61cm 魚雷発射管×3×2(Dmg13486)|
|-88式機雷×3(Dmg9623)|

*朝潮爆雷装備型 [#ifd93a17]
|LV:61|
|DP:23200|
|速度:37.4knt|
|武装|
|-12.7cm/50 3式準中型艦砲×3×2(HE:470/AA157)|
|-61cm 魚雷発射管×3×2(Dmg13486)|
|-91式改良1型 爆雷×3(Dmg2851)|

*本艦型について [#m3d83005]
第二次海軍軍備補充計画(マル2計画)によって建造が予定されていたが建造中止になった白露型10隻を
別の形で建造する為に設計された2,000tonクラスの大型駆逐艦。
1935年より起工、1937年から10隻が竣工した。
丁度この頃満州国建国(1930)、国連脱退(1933)と、対英米の国際情勢が厳しい局面を迎え、その為に
ワシントン・ロンドン両軍縮会議からの脱退を目論んでいた時期であり、それに合わせて&color(Blue){条約制限を超える};
本艦型の建造を行うことにした。
条約の枷が取り払われたことにより軍部は吹雪型以来となる2,000tonクラスの大型駆逐艦を要求した。
条約型駆逐艦では成し得なかった重武装と長距離の航続性能を持った新型駆逐艦が期待されたのである。
友鶴事件を受けて復原性に留意し、乾舷を下げて、艦橋を小型化し深く喫水を取ることで安定性の高い船体を実現しており、
また第四艦隊事件を受けて船体強度を確保するように設計されている。その為、大きさが同程度の吹雪型に比して
やや排水量が増大している。
更に航続力増大の点については高温高圧缶(ボイラー)の採用によって燃費が10%以上改善された。
もう一つ特徴的な変化としては、艦内の電気系統が直流から交流式になった事である。これは艦内設備の
近代化に伴って消費電力量が増加した為で、交流の方が高電圧化が容易であり電気設備を小型化しやすく、
スペースの限られた軍艦にとって都合の良い条件が揃っていたからである。
第四艦隊事件を受けた強度確保の設計変更に伴って要求速力は35knotから34.85knotに引き下げられたが、
実際の速力は35.98knot、航続距離も18knot4,000海里の計画から18knot5,190海里と大幅に計画を超過している。
因みに本艦型は旋回経がやや大きい、1937年12月に「臨機調事件」と呼ばれるタービン破損事故という
2つの問題を抱えたりしたが、前者は舵面積の増大と艦尾形状の鋭角化、後者は臨時調査委員会が結成され
調査の結果朝潮型特有のタービン形状による共振現象が原因と判明し、対策工事が行われている。

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